ゆたか整体サロン
西新宿にある静かなリラックス空間!原因(首の骨の歪み)と結果(症状)の両方にアプローチする画期的なセラピー!!西新宿駅から徒歩7分。新宿中央公園のすぐそば。
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榊原 豊

Author:榊原 豊
●メニュー
(1)ボディケア:全身のほぐし(60分7000円~)
(2)ネックセラピー:首の骨の歪みの矯正+電位療法(60分6000円)
(3)トータルセラピー:全身のほぐし+首の骨の歪みの矯正+電位療法(120分12000円~)
●完全予約制:03-5323-2118または
yutaka-seitai@mbe.nifty.comまで
●受付時間(時間外もご相談に応じます)
 月・木~日…10:00~21:00
      水…16:00~21:00 
 ※この時間内にお越しいただければ施術が受けられます。
●定休日:火曜日
●アクセス
丸ノ内線西新宿駅から徒歩7分
    中野坂上駅から徒歩8分
大江戸線西新宿五丁目駅から徒歩8分
    都庁前駅から徒歩9分
JR新宿駅西口から徒歩15分
※おわかりにくい場合にはご連絡下さい。電話でご案内するか、近くまでお迎えに参ります。
〒160-0023 新宿区西新宿6-25-8アトラスタワー西新宿1601号室(新宿スクエアタワー隣)
●HP
【西新宿ゆたか整体院】 
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ありがとうございました!
 今日の午前中、弟に電話をして確認しました。 具体的な経緯はさっぱりわかりませんが、 とにかく母親の退院にともない、弟が家を出て行 ったのは間違いないようです。

 この問題に2年半くらい関わってきたので、 かなり疲弊しましたね。 世の中にこういう人たちもいるのかと、 いろいろ勉強になることもありました。

 まだ就職の問題が残っていますが、それもきっと何とかなるでしょう。

 とりあえず、一区切りです。ご心配をおかけしたみなさん、ありがとうございました!
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ほんとかな?
 3月17日の午後8時ちょっとすぎに、電話がかかってきました。妻の母からでした。退院したというのです。私たちは何も知らされていなかったので、ビックリ!さらに母の弟が退去したというので、さらにビックリ!!本当ならいいのですが。

 2月6日に倒れて以来、私にとっても最も心配な問題でした。それがそんなに簡単に解決するなんて。つい3日ほど前、弟から電話があったとき、まったく事態の進展は感じられなかったのに。

 とにかく明日事の真偽を確認したいと思います。
試されている
 「試されている。私は神に試されている。」昨日もそんなふうに思わざるを得ない1日でした。


 私は現在西新宿に住んでいますが、その前は方南町に住んでいました。そしてさらにその前は西新宿。さらにさらにその前は方南町。この6年ちょっとの間に、①方南町→西新宿、②西新宿→方南町、③方南町→西新宿と、非常に近い距離で3回も行ったり来たりしたことになります。

 ②は、ちょうど4年前のことでした。私は、当時、百貨店に勤務しながら(主に紳士のスーツなどを売っていました)、司法試験の勉強をしていました。妻も同じく百貨店勤務。お互いに引越し準備のためにまとまった休みなど取れません。それで、引越し業者には、「お任せパック」で頼みました。梱包から開包までやってくれるというものです。「お任せ」といっても、ある程度の準備は自分たちでせざるを得ず、当然、その前日はネコの手も借りたいくらい忙しかったです。

 そういうときにある事態が発生しました。妻には当時20数年付き合っていた女性の友達(Mちゃんとしておきます)がいました。彼女から、ある世界的に有名なロック歌手のコンサートに付き合って欲しいと言われたのです。それが引越しの前日。

 私たちは、幸運にも、彼のコンサートに招待されました。その後楽屋で待つことを許され、彼は、Mちゃんが手紙とプレゼントを渡すと、”God bless you!"と言って、彼女をやしくハグしてくれました(私にもして欲しかった〔笑〕)。

 妻と私はそれで十分でした。友達からどうしても付き合って欲しいと頼まれた。明日は引越しという日に。断っても何らおかしくない。むしろ、人のことより自分たちのことかもしれません。でも。私たちは大のお節介好きなのです。お節介度はいい勝負です(笑)。


 昨日もまさに同じといえば同じような状況でした。今日は、新宿御苑ゆたか整体院リニューアルオープンの日です。準備しなければならないことはたくさん残っています。妻はさておき、私はそちらに専念してもおかしくない。でも、私には、解決しなければならない使命があったのです。それは、妻の母、父、母の弟、そして妻を救うことです。

 一昨年の6月、母は妻と父の反対を押し切って、弟を同居させました。リストラされて社宅にいられなかった弟を哀れに思ったのです。どこにも行き場がなかったので。それが不幸の始まりでした。

 私はそれを知らされたとき、「悪いことが起こる」と予見しました。いろいろなことを考えると、非常に危険な感じがしたのです。案の定、それは的中しました。同居を開始して3ヵ月後の2006年8月、3人で酒を飲んでいるとき、ある事情により、母は転倒し、頭を打ちました。それが今回の引き金になったのです。

 私が2年前に電話でそれを知らされたとき、「この状態を長引かせると、3人にとってさらに不幸な事態が生じることは目に見えています。私が解決しますから、任せてもらえませんか?」と、母に話しました。すると、「身内のことだから」と言って断られました。俺は身内じゃないのか!

 2007年の8月には、父の話によると、CT、MRI、MRAを撮り、隠れ脳梗塞と診断されたそうです。

 私は、去年の10月に弁護士に相談することを強く勧めました。一刻の猶予もできないと思ったからです。でも、2人とも腰が重く、私の期待通りには動いてくれませんでした。妻は心配するばかりです。私たちの懸念をよそに、2人は事態の深刻さをよく認識していなかったのです。

 そして、2月6日。父と買い物などで外出していた母は、帰宅した途端におかしくなりました。まず、昼食の仕度をしているときに自立歩行が困難になりました。父が差し出したコップに水を注ぐこともできない。蛇口のレバーを操作することができないのです。目も虚ろ。父は、2階に上がって休むように勧めました。おそらく、階段を上ろうとしてその1段目で足を踏み外したのでしょう。音がしたので慌てて父が行ってみると、母は前に倒れていました。すぐに救急車で、○○病院に搬送されました。CTを撮ったところ、頭のてっぺんに500円玉くらいの脳内出血が見られました。


 私たちが9時ちょっとすぎに病室に着くと、母は、点滴で、止血剤、降圧剤、ビタミン剤等を投与されていました。自分の名前も、年齢も、ここがどこかもわからない状況だと伝えられていた私は、「私が誰だかわかりますか?」と声をかけました。わかるみたいでした。妻の顔を見ると、非常に喜んだのでしょう。大きな安堵の表情を見せました。昨日の状態よりは大分回復しているようでした。予断は許しませんが、私たちはひと安心しました。

 私の気持ちは、すぐに別のことに向かいました。母の家に1人でいる弟の××さんと話をして解決の道筋をつけることです。19時22分発新宿行きの電車で帰ることが決まっていましたので、あまり時間はありません。父には、「とにかく私にすべてを任せてください。私が××さんと話をしているとき、何もしゃべらなくていいです。ただ一緒にいてくださるだけで私の力になりますから」と、自宅に向かう父の運転する車の中で言いました。

 いよいよ、××さんとの話し合いです。最初で最後でしょう。千葉の遠くまで来る機会はめったにありません。来たのは、母が倒れて、妻1人で行かすわけには行かないから。だから、整体院リニューアルという大切な日の前日にもかかわらず、整体院を休んで私も来たのです。母の面会も大切ですが、私の使命としては、どうにもならなくなった弟の同居問題に解決の糸口を見つける方が重要な気がしました。

 私は過去の経験を踏まえ、とにかく、まず××さんの言い分を聞こうと思いました。2階の暖房も入っていない板の間の部屋で、2時間以上話しました。荒川から引っ越してきた経緯、その後の同居事情、そして1番大切な、××さんがこれからどうしたいのかを根気強く聞きました。手帳にメモを取りながら。

 初め強い警戒心を持っていた××さんでしたが、だんだんに打ち解けてきました。彼は、荒川にいたとき、小学生と中学生に監督として野球を教えていました。そのときの写真やら、賞状やら、自分が書いた野球漫画などを私に嬉しそうに見せてくれました。私は、「××さん、すごいじゃない!!じゃあ、早くここを出て、新しい仕事と住む場所を見つけて、また子供たちに野球を教えましょうよ」と言いました。××さんは泣いていました。

 彼の願いを聞いてみると、①ここを早く出て、自分が生まれ育った□□で仕事と住むところを見つけたい、②年金で生活している自分には支度金がないので、それを用意して欲しい、ということでした。私は、一時期□□の百貨店に通っていたことがあるので、その街のことはちょっとだけ知っています。そこで、「じゃあ、××さん、近いうちにどこかで待ち合わせをして、一緒に□□に行こうよ。そこのハローワークと不動産屋に行こう!都合をつけて俺が付き合う。支度金については俺の一存で決められることではないから、お母さんの容態が落着いてから2人と具体的に相談する。これでどうだ?」と言いました。

 私は正直に言うと、××さんにはあまりいい印象を持っていませんでした。ただそれは、一方的な対立当事者である母側にもたらされた情報によるものです。話を聞いているうちに、「この人にも気の毒な面がある、何とか助ける方向で考えよう」と方向転換したのです。最初は、言いたいだけ言わせて、その主張を法的見地から全部つぶし、腕づくでもこのうちから追い出してやろうとも思っていたのですが。今年、62歳になる××さんに手荒なまねをすることはできませんでした。

 「これからは、俺がすべての窓口になるから、何かあったら俺に言ってくれ」。私はそう言って、××さんと携帯電話の番号を交換し、整体院の名刺も渡しました。最後に、がっちり握手をして別れました。力比べになりましたが、私の方が上であることを笑いながら認めてくれました。


 私は、○○病院の最寄り駅に着いて、××さんにさっそく電話しました。「××さん、俺たちこれから新宿に帰るわ。今日、話せてよかったよ。近いうちに必ず□□に一緒に行こう。寒いから体にはくれぐれも気をつけるように」と言いました。××さんは、「ありがとう」と言ってくれました。私は、妻に、「今日は本当に来てよかった」と何度も何度も言いました。


 新宿に着いた私たちは、ちょっと遅めの夕食を「すみのえ」という駅ビルのレストランでとりました。ここは、私たちが初めて一緒に食事をした場所です。朝早くから夜まで長い1日で、かなり疲れていましたが、非常に晴れやかな気持ちでしたので、いつもよりさらに料理が美味しく感じられました。スタッフの人たちとも楽しい会話ができて、店長と名刺の交換もしました。

 食事の途中に××さんから電話がありました。「歯磨きをしようと思って1階のトイレの前を通ったら、水が流れっぱなしだった。△△さん(父)に直すように言って欲しい」というのです。私は苦笑いして、妻にそのことを報告ました。何だか頻繁に電話がかかってきそう。


 人は心で動く。心に響くことばを投げかければ必ず動いてくれる。私は普段思っていることを自らの行動で検証することができ、大変幸せに思いました。

 まだまだ、解決の堵についたばかりですが、少なくともみんなが幸せに暮らす第1歩を築けて本当に良かったとつくづく思いました。

 私は、今朝も3時に目を覚ました。そして、まず××さんにリニューアルオープンの案内状を書こうと思いました。これから書きます。その後は、母と父に。整体院にいらしたことのあるみなさんにもお出ししますからね。少しお待ち下さい。では、また。

妻の母の弟
 妻の母は、意識はあるが、名前や年齢や、どこにいるのかを聞かれても、答えられない状況で、どうやら、2階に行こうとして、ふらついて階段から落ちたのが直接の原因らしいです。

 ただ、根本的な原因は別にあるのです。

 2年前、母は、彼女の弟を同居させました。詳しい事情はわかりませんが(母が隠しているので)、お酒を飲んだ席で、言い合いになり、立ち上がった母が何かの弾みで倒れて、どこかに頭を打ったらしいのです。

 私は、将来大変なことが起こりうることを予見していましたので、母に対して、弟を家から出す方策を考え、私が乗り込んでそれを実行することを提案しましたが、受け入れてもらえませんでした。身内に対する情が強かったのです。少しして、母は自分が間違っていたことに気づき、深く後悔しましたが、今となっては後の祭りです。

 弁護士に会い、事情を簡潔に説明した上で、具体的な妨害排除請求の手続きを聞くように、あるいは、裁判所に行ってその点の相談をするようにと、何度も電話で話したり、父にメールしたりしていたのですが、なかなか私の思うように実行してくれませんでした。

 母は、そのうち、ストレスで様々な不調を生じ、それを妻に訴えていました。私もそれを聞かされていましたので、ここで何とかしないと大変なことになると思い、いざというときは、千葉まで行かなければならないと覚悟を決めていました。

 母の弟とは電話で1度だけ話をしたことがあります。今日は、病院に行った後、妻は残して、父と2人で妻の実家に行き、その弟と話をつけようと思います。

 かなり問題の多い相手あることを承知しているので、どういうふうに話を持っていくのがいいか、昨日から考えていましたが、さきほど、目が覚めた瞬間に考えが浮かびました。

 私は、6年ほど前、知人に頼まれて、交通事故の被害者の女の子(当時20歳くらい)のために、加害者と交渉し、話をまとめた経験があります。そのときの手法を試してみようと思います。

 では、これから食事をして、6時40分くらいに自宅を出ます。行ってきます。
妻の母が
 妻の母が、今日脳出血で倒れました。

 詳しいことはわかりませんが、かなり危険な状態らしいです。それで、明日、妻と、入院先の千葉の病院まで行ってきます。そのため、明日は、整体院を休むことにします。

 明日、来院を予定されていた方には大変申し訳ありませんが、どうぞお許し下さい。

 施術内容のブログも途中になってしまっていて、ごめんなさい。明日以降、できるだけ早い時期にきちんとまとめますので、ご容赦下さい。